2018年9月3日の午前3時過ぎ。
スマホの「緊急地震速報アラーム」と同時に襲った「激しい揺れ」で飛び起きました。
まもなくして北海道全域が停電に。
その後40時間にわたり、電気が使えない生活を強いられることになった我が家ですが、長時間の停電で気づいた「オール電化の落とし穴」についてお話します。
IHもレンジも使えないと食べられる物がない!
「北海道胆振東部地震」が起こった6日のわが家の冷蔵庫には、調理せずに食べられるものがありませんでした。
普段はパンやお菓子など、いくつかストックされているのですが、買いだめ派のわが家は、その日は買い出しの前日だったのです。
家には「ガスコンロ」もありませんし、もう、最悪です。

予想通り、アイスはでろでろ。肉類も解凍されてしまったのに、今すぐ調理ができないもどかしさ・・・。
停電は北海道全域と聞いたので、すぐの復旧は無理だと判断。
調理はあきらめ、すぐに食べられそうな調理済み食材を求め、信号機が止まった町へ買い出しに出掛けました。

あたりの信号は全滅。大きな交差点では警察官が手信号をしてくれますが、脇道に入ると自己判断で渡らなければならないのでとても緊張しました。
そして朝方に開店していているのはコンビニのみ。
まずはおにぎりやパンを買っておけば、どうにか明日までは過ごせそうだと思いましたが、考えていることはみんな同じだったようです。
朝の8時にして、お弁当の陳列棚はすでに空っぽでした。


かろうじてカップラーメンがいくつか残っていましたが、お湯すら沸かすことができません。
当たり前にできていたことができないって、結構なストレスを感じます。
つくづく電気のありがたみを感じました。
この日一日は口に入るものを探すため、わずかに開店している店を探し回ることに。

そんな中、近所の大型スーパーで「ガスコンロ」をゲットすることができたので、その夜無事にカップラーメンを食べることができました。
その日は電気無しの夜を過ごすことを覚悟。

あのような大きな地震がまた来たらと思うと恐ろしく、普段は2階で寝ているわたしたちは1階のリビングで寝ることにしました。

子供たちはキャンプ感覚で浮かれぎみ。親としては、そこはちょっと救われました。
電気温水器だからお湯が出ない!
「頭がかゆい」
汗っかきの娘が頭をかきだしたのは、停電した日の翌朝です。
体のべたつきは「体拭きシート」でなんとかしのいだのですが、洗髪はどうしようもできません。
もちろん銭湯も営業していません。
昨日運よくゲットした「ガスコンロ」で、パスタ鍋にたっぷりのお湯を沸かして、お湯を水で割りながら、どうにか頭を洗うことができました。

断水はかろうじて免れましたが、念のためにバスタブに水を張っています。
給湯器もガスにするべきだったか?と、少しだけ「オール電化」を恨んだ瞬間でしたが、結局のところガス給湯器も電気が必要だとか・・・。
固定電話が通じない!スマホの充電も出来ない!
これはオール電化とは関係ありませんが、今回の震災で一番困ったことです。
外部との連絡を取りたかったのですが、停電のせいで家の固定電話が通じません。
黒電話なら通じるようですが、最近多くなってきた光回線などのIP電話は使えません。
学校や、塾からの連絡網は、自宅電話を知らせていたのでつながらず。結局はスマホに連絡が入るのですが、停電時フルに使われているスマホは、常に充電不足が続きます。
そこは車の充電器でしのいだのですが、今度はガソリンが底をつきそうになりました。

どこのガソリンスタンドも、車が何十台も並んでいます。
一時間並んで、給油できたのは20リットルのみの給油制限付き。
半分ほどしか満たされない燃料計に、心細さを感じます。
停電から40時間後、やっと電力が回復しました。
家族で拍手喝采です。
長い電気の無し生活にやっと終止符が打たれました。
今回の停電で思ったのは「オール電化」だからいけない!ではなく、それに合わせた備えが必要だったということ。
たとえば「ガスコンロ」であったり、充電機器を充実させておくこと。
食材だって、慌てないように非常食を用意しておくべきでした。
災害はいつ起こるか分かりません。
今回の反省点を踏まえて、今後の準備を進めたいと思います。

















